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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)4632号 判決

大阪市〈以下省略〉

原告(反訴被告)

岡藤商事株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

田中成吾

愛媛県松山市〈以下省略〉

被告(反訴原告)

右訴訟代理人弁護士

木村祐司郎

松重君予

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、五三八万円及びこれに対する昭和六〇年六月二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、五四〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて、これを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

四  この判決は第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴について

1  請求の趣旨

(一) 主文第一項と同旨

(二) 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告(反訴被告)の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

二  反訴について

1  請求の趣旨

(主位的請求)

(一) 主文第二項と同旨

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

(三) 右(一)につき仮執行宣言

(予備的請求)

(一) 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、二五九万六〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年七月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

(三) 右(一)につき仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告(反訴原告)の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴について

1  請求原因

(一) 原告(反訴被告。以下「原告」という。)は、東京金取引所の商品取引員であった。東京金取引所は昭和五七年三月二三日開設されたが、昭和五九年一一月一日、東京金取引所、東京繊維取引所及び東京ゴム取引所が統合されて、東京工業品取引所となった。原告は、右統合の後、引き続いて東京工業品取引所の商品取引員になっている。

(二) 被告(反訴原告。以下「被告」という。)は、原告に対し、昭和五九年一〇月一日、東京金取引所の貴金属市場における売買取引を原告に委託するについては、同取引所の定める受託契約準則の規定を遵守する旨を承諾した。この承諾は、右(一)の統合の後は、東京工業品取引所が定めた受託契約準則の規定を遵守するものとして引き継がれた。金の先物取引の委託は右準則のほか業務規定等の定めに従い、次のような要領で行われていたが、被告は、これを了解のうえ、原告に金の先物取引を委託した。

(1) 金の先物取引の呼値(値決めの対象となる数量単位)は一グラムであり、呼値単位は一円である(すなわち、値動きは一円刻みで上下する。以下、「約定値段」及び「相場の値動き」は、一グラム当たりのものとして、値段だけを示す。)。

(2) 売買単位(一枚当たりの商品の数量。一枚を最小単位として売買する。)は、一〇〇〇グラムである。

(3) 委託本証拠金(新規に売買取引を成立させるときに委託者が商品取引員に預託する金員)は、一枚当たり一三万五〇〇〇円である。

(4) 売買取引について計算上の損勘定(仮損勘定、値洗い損)が委託本証拠金の二分の一相当額を超えたときは、商品取引員は委託者に対して委託追証拠金(追加の証拠金)の預託を求める。その額は追加の必要を生じた日の翌営業日正午までに預託しなければならない。商品取引員は、委託者が委託追証拠金を所定の日時までに預託しないときは、予告した上でその売買取引の全部または一部を処分することができる。そして、その処分によって確定した計算結果は、すべて委託者の勘定になる(本件取引所の受託契約準則七条、一二条)。

(5) 委託手数料は、新規売買及び反対売買のそれぞれ(いわゆる「片道」)につき、約定値段二八〇〇円未満が一枚当たり七八〇〇円、約定値段三二〇〇円未満二八〇〇円までが一枚当たり九〇〇〇円である。商品取引員は、委託を受けた売買取引を転売または買戻しにより決済(仕切り、手仕舞い)したとき、当該委託者から委託手数料を徴収する。

(6) 売買取引を反対売買によって決済した場合、損勘定となったときは、商品取引員が指定する日時までに委託者がこれを納入し、また、益勘定となったときは、六営業日(「継続的な取引関係にある委託者」の場合は、委託者の請求があった日から六営業日)以内に、商品取引員が委託者に益金を支払う。

(三) 原告は、被告の委託を受け、次のとおり、金の先物取引を行った(別表(一)及び(四)参照)。

(1) 昭和五九年一〇月三日、八月限二〇枚を約定値段二九一九円で新規に買付け、被告から委託本証拠金二七〇万円を預かった。

(2) 昭和五九年一〇月二四日、右(1)の八月限が二八三一円に値下がりしたので、委託追証拠金一七六万円を請求し、翌二五日被告から同金員を預かった。

(3) 昭和五九年一一月二日、八月限二〇枚を約定値段二七八八円で新規に売付け、同月六日被告から委託本証拠金九四万円を預かった。

(4) 昭和五九年一二月一三日、右(3)の八月限二〇枚を約定値段二七三一円で買い戻し、売買差益金一一四万円を生み出した。その結果、右差益金から売り買い往復の手数料合計額三一万二〇〇〇円を控除した八二万八〇〇〇円を預かることになった。

(5) 右同日(昭和五九年一二月一三日)一〇月限二〇枚を約定値段二七六三円で新規に買付けた。

(四) 原告は、被告に対し、昭和五九年一二月一八日午後一一時三二分到達の電報で、同日午後三時までに委託追証拠金八〇七万円を預託するように求め、その入金がない場合には同日午後三節に右(三)(1)及び(5)の売買取引を反対売買により決済する旨を予告した。

(五) その上で、原告は、前記(二)(4)の約定(本件取引所の受託契約準則七条、一二条)に従って、次のとおり、売買取引を処分した(別表(一)及び(四)を参照)。

(1) 原告は、昭和五九年一二月一八日午場三節に、右(三)(1)の八月限二〇枚の買付け分を約定値段二五四九円で転売して、売買差損金七四〇万円が発生した。

(2) 原告は、昭和五九年一二月一八日午場三節に、右(三)(5)の一〇月限二〇枚の買付け分を約定値段二五八五円で転売して、売買差損金三五六万円が発生した。

(六)(1) 右(五)(1)(2)の売買差損金合計は一〇九六万円である。

(2) 決済ずみ分(右(三)(3)(4))を除いた四回の売り買い(右(三)(1)及び(5)、右(五)(1)(2))の手数料合計は六四万八〇〇〇円である。

(3) 右(三)(4)の決済ずみの売建玉についての原告の預かり金は八二万八〇〇〇円である。

(4) 原告が被告から預かっていた委託本証拠金及び委託追証拠金合計は五四〇万円である。

(5) 右(1)及び(2)の損金合計一一六〇万八〇〇〇円に右(3)及び(4)の預かり金合計六二二万八〇〇〇円を充当すると、原告が被告から委託を受けて行った売買取引の帳尻損金は五三八万円となる。

(6) 原告は、被告に対し、昭和五九年一二月二二日到達の書面で、別表(二)に記載の計算による差損金一〇七八万円の支払を請求し、また、昭和六〇年三月四日ごろ到達の書面で、同月八日までに右支払のないときは預かっている委託証拠金五四〇万円右請求額の一部に充当する旨を通知した(計算上その残金は五三八万円である。)。

(七) よって、原告は、被告に対し、商品取引委託契約に基づいて、右帳尻損金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月二二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)の事実中、(5)の点は否認し、その余は認める。被告は、原告に対し、昭和五九年一二月一三日、一〇月限二〇枚の売り付けを委託したものである。

(四) 同(四)の事実は認める。

(五) 同(五)の事実は否認する。被告は原告に対し昭和五九年一二月一三日に一〇月限二〇枚の売付けを委託したもので、先に買付けていた八月限二〇枚との間にいわゆる両建の状態を生じ仮損勘定は三七〇万円に固定しており、六二二万八〇〇〇円を原告に預託ずみであるから、原告が主張するような多額の委託追証拠金を被告が預託すべき理由はない。このように、受託契約準則一二条の用件は満たされていないから、仮に原告が誤って一〇月限二〇枚を買付け、これを前提に原告主張の反対売買をしたとしても、その結果は被告に及ばない。

(六) 同(六)の事実中、(1)、(2)及び(5)の点は否認し、その余は認める。

(七) 同(七)の主張は争う。

3  抗弁

原告には、後記反訴の主位的請求原因の違法行為があり、原告と被告間の請求原因(三)の先物取引委託契約は公序良俗に違反し無効である。仮に右契約が有効で原告主張の帳尻損金債権が発生しているとしても、原告が被告に対しその債権を行使することは、信義則上許されない。

4  抗弁に対する否認

抗弁事実は否認し、その法的主張は争う。

二  反訴について

(反訴の主位的請求)

1 請求原因

(一) (原告と被告の取引経過)

(1)(ア) 昭和五九年九月初めごろ、原告会社の従業員Bは、勤務先で執務中の被告に対して電話をかけ、金の先物取引を勧めた。

(イ) 金は値上がりするので是非買うようにとの勧めであった。

(2)(ア) 昭和五九年一〇月一日、Bは被告の勤務先を訪ねてきた。被告は、同日、商品取引をするについては受託契約準則の規定に従う旨の承諾書に署名捺印した。

(イ) その日、Bは、承諾書等に署名押印させただけで、「商品取引委託のしおり」と題する小冊子その他の資料を被告に渡さず、詳しい説明もしなかった。

(3)(ア) 昭和五九年一〇月三日、原告会社の従業員Cは、Bと共に被告の勤務先を訪問し、金の先物取引を勧誘した。被告は、同日、八月限二〇枚の買注文(買建)をした。約定値段は二九一九円で、委託証拠金二七〇万円を原告会社に預託した。

(イ) その際、Cは、先物取引は投機性が強く危険ではないかとの被告の問いに対し、追証拠金など安心して取引ができる制度が整っているし、プロたる我々が適切なガイドを行うので、実際には危険性がない旨を答えた。以後はCが担当し適切なガイドを行う旨を述べ、五〇円アップは時間の問題だと言っていた。

(4)(ア) 昭和五九年一〇月一三日、Cから、被告に対し、買値よりも六二円値下がりしてあと六円下がると追証拠金の預託が必要になる旨を電話連絡してきた。売を同数建てるいわゆる両建の話が出たが、被告は両建にしなかった。

(イ) Cは、右電話で、様子を見るために売りを同数建てるのが得策であり、通常こんな場合にはみんながそうしており、すぐに両建をする必要があると言って、両建を勧めた。

(5)(ア) 昭和五九年一〇月二四日、買値よりも八八円値下がりしたため、被告は原告に対し追証拠金一七六万円を預託した。

(イ) その際、原告会社の営業次長Dが「値は必ず戻るから安心して欲しい。今後は私が指導する。」と被告に述べた。

(6)(ア) 昭和五九年一一月二日、買値よりも一三一円値下がりした。この日、被告は原告会社に赴いて、Dと面談した。そして、八月限二〇枚の売玉を建て、いわゆる両建にした。被告は同月六日証拠金九四万円を原告に預託した。

(イ) 右建玉の日、Dは、「相場は下がる方向で、しばらく続きそうだ。ここは、相場を止めて、様子を見るため、売りを二〇枚建てるのが最良である。二〇枚を売るには、本来証拠金を二七〇万円要するが、反対売買で相場を止めるのだから、特別措置として最低の九四万円で売建できるように取り計らうから、私を信用して二〇枚の売りを建てなさい。」と両建を勧めた。同人は更に「この措置は今だからできるのですよ。もう少し下がって半金まで下がれば追証しか手がなくなる。そうなると絶対に九四万円ではすまなくなります。最低一三五万円以上必要となりますよ。すぐにやりましょう。」と両建を勧めた。

(7)(ア) 昭和五九年一二月一三日、Dから被告に連絡があり、前記売り買い各二〇枚の建玉のうち売り二〇枚を買戻して決済(手仕舞い、仕切)し、利喰いするように勧めてきたので被告はこれに応じ、八月限売建玉二〇枚は同日決済された。

(イ) この日、Dは、右利喰いを勧めたほかに、一〇月限二〇枚の新たな建玉を指示した。被告が二〇枚の注文をするのにその分の証拠金が必要ではないかと尋ねたところ、Dは同月一七日に一〇〇万円を用意してもらえばよいと答えた。そこで、同日、被告は「売」の注文を出し、一〇月限二〇枚が新規に売付けられた。

(8)(ア) 昭和五九年一二月一七日、被告は、Dに対し、電話で、一〇月限二〇枚は「売」注文であったのに、「買」建玉になっている旨異議を申し出た。Dは、「買」で間違いない旨を言い張った。被告は、「売」か「買」かの問題が解決しない限り、同日予定していた一〇〇万円の振込送金はしない旨をDに話した。

(イ) 被告は、同日、Dと電話で話をしているときに、原告から送られて来ていた売買報告書を開封して、初めて、「売」注文であったにもかかわらず「買」とされていることに気づいたものである。

(9)(ア) 昭和五九年一二月一八日、原告は、被告の買建玉八月限二〇枚を仕切ってしまった。また、一〇月限二〇枚は、買建としたままで、これをも売って仕切った。

そして、被告との取引を打ち切り、別表(二)のように清算した。

(イ) 右仕切りに至るまで、原告は、被告の異議申し立てを無視し、被告に一〇〇万円の送金をさせようとした。

(二) (原告の不法行為責任)

(1) (断定的判断の提供)

商品取引所法九四条一号、受託契約準則一七条二号は、商品取引員またはその使用人が顧客に対し利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して商品取引の委託を勧誘することを禁止している。

原告の従業員は被告に対し、「金は今後値上がりする。」「プロたる我々が適切なガイドを行う。」「値は必ず戻るから安心してくれ、今後は私が指導する。」などと申し向けているが、これは右の禁止に触れる。また、原告は、昭和五九年一二月一三日の建玉は、「売」ではなく「買」であるとし、値動きにつき底をついたとの相場の読みに基づき、利喰いして更に二〇枚の買建玉をすれば、一挙に損を回復できるとしてナンピン買を勧めたと主張するが、仮に被告の主張どおりだとすると、断定的判断を示して委託を勧誘したというべきである。

(2) (危険性告知義務違反)

商品取引所法九一条の二第三項は、商品取引所員が営業所以外の場所で商品取引の委託を受けようとするときは、あらかじめ主務省令で定める事項を記載した書面を交付し、その内容を説明しなければならない旨を規定し、受託契約準則一七条一号は、商品取引員またはその使用人が顧客に対し先物取引の危険性を告知せずにその委託を受けることを禁止する旨を規定している。

原告の従業員Bは、昭和五九年一〇月一日、「承諾書」「通知書」「商品取引委託のしおり及び商品取引ガイドの受領についてと題する書面」に被告の署名・押印をさせただけで、右しおり及びガイドは持ち帰り、同月三日に原告の従業員Cがこれらを持参して追証拠金等の説明をしたもので、右各規定に従った商品取引の受託がなされていない。

(3) (両建を勧めたこと)

商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項第一〇項は、商品取引員が、同一商品、同一限月について、売又は買の新規建玉をした後(又は同時)に、対応する売建玉を手仕舞せずに両建するように勧めることを禁止する旨を定めている。両建は、売・買のいずれかが利益となり、反対玉が同額だけ損勘定となるので、相場が変動しても差引損に変化はなく、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせる恐れが強いので指示事項として右のとおり禁止されているものである。

Cは、昭和五九年一〇月一三日、あと六円下がると追証拠金の預託が必要になるとして被告に両建を勧めた。原告の従業員Dは、同年一一月二日、相場の値下がりが続きそうだとして、様子を見るための両建を熱心に勧め、被告はこの勧めを受け入れた。これは右の両建禁止に触れる。

(4) (建玉制限違反の委託勧誘)

東京工業品取引所業務規程二〇条一項、貴金属市場管理基本要綱、新規委託者保護管理協定は、委託取引開始後三か月以内の新規委託者からの売買取引の受託に当たっては、原則として委託の全商品の建玉合計数が二〇枚を超えないこととし、これを超える建玉の要請があった場合には、売買枚数の管理基準に従って的確に審査し、過大とならないように適正な数量の売買取引を行わせることとすると定めている。

被告は昭和五九年一〇月三日に初めて二〇枚の建玉をした新規委託者であるが、原告の従業員は、同月一三日に両建を勧めて四〇枚の建玉をさせようとしており、同年一一月二日には、現実に両建として四〇枚の建玉をさせ、同年一二月一三日には、売建玉二〇枚を買戻して決済した後、改めて二〇枚の売建玉を勧め、合計四〇枚の建玉をさせている。これは右建玉制限に違反する。

(5) (証拠金規定違反)

受託契約準則六条は、商品取引員が売買取引の受託について委託者から担保として委託本証拠金及び委託追証拠金を徴収しなければならないことを規定し、同準則七条三項は、委託追証拠金の額につき、委託を受けた売買取引がその後の相場の変動により損計算となり、かつ、その損計算額が当該売買取引による委託本証拠金の半額相当額を超えることとなった場合における当該損計算額の範囲内とすることを規定している。なお、東京工業品取引所の受託業務指導基準において、委託追加証拠金の具体的な請求額は、右損計算額が委託本証拠金の五〇パーセントを超えたとき、その当該計算額と定めている。委託証拠金は取引員にとって売買委託契約の担保であるだけでなく、委託者にとっても負担能力を超える予想外の損害を防ぐための損害拡大防止機能を持ち、危険負担限度標識となる重要なものである。

Dは、昭和五九年一一月二日の二〇枚の売建玉に当たって、二七〇万円の委託本証拠金を被告から徴収すべきであったのに、九四万円を徴収しただけであった。また、Dは、同年一二月一三日の二〇枚の建玉に当たって、二七〇万円の委託本証拠金を被告から徴収すべきであったのに、一〇〇万円の預託を求めただけであった。

これは右証拠金規定に違反する。

(6) (異議申立てに対する回答義務違反)

受託契約準則二五条四項は、商品取引員がなした売買取引の内訳等に対する通知について、委託者から遅滞なく異議の申立てがあった場合には、商品取引員は、遅滞なく、書面により当該委託者に対し、回答しなければならない旨を規定している。

原告は、昭和五九年一二月一七日に被告がなした異議申立てに対し、所定の回答の手続きをしないまま、同月一八日、建玉四〇枚全部について反対売買による決済をしたが、これは右規定に違反する。

(7) (不法行為の成立)

原告が被告との間で行った前記一連の商品取引受託行為は、右(1)ないし(5)に指摘したとおり、商品取引所法、受託契約準則、取引所指示事項、新規委託者保護管理協定等の規定ないしは取り決めの違反を伴うもので、原告又はその従業員の故意又は過失により、取引上の許容限度を超えた不相当な方法でなされた違法性を有するものとして、不法行為を構成する。原告は、民法七〇九条又は同法七一五条により、被告の後記損害を賠償すべき責任を負う。

(三) (損害)

原被告間の前記一連の商品取引委託契約に関し、被告は前記のとおり証拠金名下に合計五四〇万円を原告に預託したが、原告は右商品取引よって発生した差損金に充当したとしてこれを返還しないため、被告は右同額の損害を被った。また、仮に本訴請求が認容されて、被告が右充当後の帳尻損金五三八万円を原告に支払わなければならないとすれば、合わせて、右商品取引により右同額の損害を被ったものというべきである。

(四) (まとめ)

よって、原告は、被告に対し、民法七〇九条又は同法七一五条に基づいて、右損害金又はその内金五四〇万円及びこれに対する最後の預託日の翌日である昭和五九年一一月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因にたいする認否

(一)(1) 請求原因(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する。

(2) 同(一)(2)(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する。

(3) 同(一)(3)(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する。

(4) 同(一)(4)(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する。

(5) 同(一)(5)(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する。

(6) 同(一)(6)(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する。

昭和五九年一一月二日金の相場は更に値下がりし、そのまま相場が下げていくと再度追証を入れなければならないような状況であったので、被告は原告会社大阪本店に来店し、同年一〇月三日の買建玉二〇枚のその後の措置につきDに相談した。Dは、右買建玉すべて手仕舞いして証拠金を残して相場の成行きを見たうえ再出動するか、二〇枚の買建玉の半分を手仕舞いして追証のかかるのを回避して右と同様相場の成り行きをみるか、あるいはまた、八月限二〇枚の売建(両建)をして先の買建玉の値洗損(仮損)を固定し、相場の下げ止まりを見極めたときに、まず売建玉を手仕舞いして利喰い、その時点で新たに買建をして先の買建玉二〇枚の値洗損をうめる方法とがある旨を説明し、Dは今後の相場はこれまでの成り行きからすると、しばらくは下がる傾向にあるのではないかとの意見を述べ、したがって両建の方法をもって対処するのが良いのではないかと伝えたところ、被告も両建をしてDの指示した方針で臨むとの意見が合致したが、新たに八月限二〇枚の売建をするためには本証拠金として所定の二七〇万円が必要であると話したところ、それだけの入証はできないとのことであったため、Dは、両建の場合であるから、とりあえず九四万円入証してもらえばよいと伝えたところ、九四万円を入証することを約束したので、その場で、八月限二〇枚の売建注文を受託した。なお、その際、Dは、売建玉を外したときに相場が反対に行けばすぐ追証がかかる旨念を押した。

(7) 同(一)(7)(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する。

昭和五九年一二月一三日、右(6)の両建をして約一か月が経過し金相場は下げ止まり上向きの気配を呈してきたので、Dは被告に対し、先に話した方針に従い、両建のうちの売建玉を手仕舞いして利喰い、新たに一〇月限を二〇枚買建して、八月限二〇枚の買建玉の値洗損を埋め合わせてはどうかと勧めた。これに対し被告は売建玉を手仕舞いし一〇月限二〇枚を買えばすぐに追証が請求されるのではないかと問い質したので、Dは値が上がれば追証はいらないが多少の下げがあるとしても一〇〇万円の入証があれば十分だと思われる旨の予想を述べたところ、一〇〇万円なら用意できるので同月一五日に振込入金するとして、被告はDに対し一〇月限二〇枚の買建玉を委託注文したものである。

(8) 同(一)(8)(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する。

(9) 同(一)(9)(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する

(二)(1) 同(二)(1)の主張は争う。原告の従業員らは、先行きの相場の予想を述べる以上のことはしていない。

(2) 同(二)(2)の主張は争う。原告の従業員は被告に対し商品取引の投機性を十分に説明し被告の理解を得ていた。

(3) 同(二)(3)の主張は争う。両建については、行政監督庁の要請によって全国商品取引所が禁止すべきものとして指示した事項ではあるが、両建をすることすべてを禁止しているものではなく、両建を利用して顧客の損勘定に対する感覚を誤らせることを意図したと認められるような取引を禁止しているものである。Dは八月限二〇枚の買建の仮損が増大していることに対する対策につき被告から相談を受けた際、両建を含む三つの選択肢を示し、その中から被告が両建を選んだものであって、損勘定に対する感覚を誤らせる意図をもってDから選んで両建を勧誘したものではない。

(4) 同(二)(4)の主張は争う。

(5) 同(二)(5)の主張は争う。証拠金の計算は、商品別総建玉ベース方式と称する方法で行うことが許されており、この方法によれば、金の総建玉二〇枚に必要な委託証拠金は二七〇万円、同四〇枚では五四〇万円であるところ、原告が被告に求めた委託本証拠金額が右金額以下になったことはない。また、受託契約準則七条三項は、委託追証拠金の額を仮損額が本証拠金の半額を超えるときのその仮損額の範囲内と定めており、その仮損額の全部を追証拠金として預託すべきものとはしていないから、本証拠金の半額に足りない分を預託すれば追証は解けるものとされているところ、原告は被告に対し右追証が解ける最低限度額以上の入証を遅滞なく求めているから、原告には証拠金規定に違反する行為はない。

(6) 同(二)(6)の主張は争う。

(7) 同(二)(7)の主張は争う。

(三) 同(三)の主張は争う。

(四) 同(四)の主張は争う。

(反訴の予備的請求)

1 請求原因

(一) 被告は、原告に対し、主位的請求原因(一)(1)ないし(6)の各(ア)のとおり、金の先物取引の売買注文をし、昭和五九年一一月六日までに合計五四〇万円を預託していた。

(二) 原告は、昭和五九年一二月一三日、被告の委託により、八月限二〇枚の金の売建玉を買戻して決済し、差益金から手数料を控除した益金八二万八〇〇〇円を預ることになった。

(三) 被告は、右同日、原告に対し、一〇月限二〇枚の金の新規売付を注文した。

(四) 原告は、被告の右注文は「売」ではなく「買」であったとして、右同日、一〇月限二〇枚の金の買建をした。被告は、同月一七日、原告の従業員Dに対し、電話で、右注文は「買」ではなく「売」であるとの異議を申し立てた。

(五) ところが、原告は、右異議に対し書面による回答をせず、被告に右(三)の建玉の証拠金として一〇〇万円の送金を求め、被告がこれに応じなかったところ、同月一八日、買玉を建てていた八月限二〇枚を転売して仕切り、また、右(四)の建玉を買建であるとしたまま転売してこれも仕切った。そして、原告は、被告に対し、同月二二日、別表(二)のように清算して発生した差損金一〇七八万円を請求してきた。

(六) 被告は、原告の右手仕舞いを承認しておらず、手仕舞いの効果は原告に及ばない。

(七) 被告は、原告に対し、昭和六〇年三月一二日到達の書面で、前記(三)の一〇月限の注文は「売」とし、八月限二〇枚、一〇月限二〇枚の計四〇枚を書面到達の翌日の前場第一節で仕切るように申し入れた。

(八) 右書面到達の日の翌日である同月一三日の前場第一節で仕切った場合、被告の差損金は別表(三)のとおり三三〇万四〇〇〇円となる(この仕切りは、被告が原告との紛争を解決するためにやむを得ず申し入れたもので、本来の売買注文とは趣を異にしているから、原告に手数料を支払ういわれはない。同表六〇・三・一三手数料欄に仕切りの分を記載していないのは右の理由による。)。その結果、被告は原告に対し、預託した五四〇万円から右差損金三三〇万四〇〇〇円を控除した二〇九万六〇〇〇円の預託金残金返還請求権を有するに至った。

(九) 被告は、原告から本訴を提起され、反訴を提起せざるを得なくなり、弁護士に本訴・反訴両事件を依頼し、着手金として五〇万円を支払った。これは、原告が被告の申立てた紛議調停を回避する意図で不当に本訴を提起したことによって被告が被った損害というべきである。

(一〇) よって、被告は、原告に対し、前記預託金残金二〇九万六〇〇〇円及び右損害金五〇万円の合計二五九万六〇〇〇円並びにこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和六一年七月一六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)の事実は否認する。「売」注文でなく、「買」注文であった。

(四) 同(四)の事実は認める。

(五) 同(五)の事実は認める。

(六) 同(六)の主張は争う。

(七) 同(七)の事実は認める。

(八) 同(八)の事実は否認する。

(九) 同(九)の事実は否認する。

(一〇) 同(一〇)の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一本訴について

一  原告が東京工業品取引所の商品取引員であることなど

請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二  金の先物取引の方法についての被告の承諾等

請求原因(二)の事実は、当事者間に争いがない。

三  原告と被告との間の金の先物取引委託契約

1  (一〇月三日の八月限二〇枚の新規買付け、一〇月二四日の委託追証拠金の預託、一一月二日の八月限二〇枚の新規売付け、一二月一三日の八月限売建玉二〇枚の買戻し)

請求原因(三)(1)ないし(4)の事実は、当事者間に争いがない。

2  (一二月一三日の一〇月限二〇枚の新規買付け)

証人Dの証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、第三号証、第一一号証、第一二号証の一ないし三、成立に争いのない甲第六号証の一、二、第一〇号証、乙第一ないし第三号証(甲第一〇号証については原本の存在及び成立とも争いがない。)、証人Dの証言並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因(三)(5)の事実を認定することができる。すなわち、原告は、被告からの委託に基づいて、昭和五九年一二月一三日、一〇月限二〇枚を約定値段二七六三円で新規に買付けた(建玉を最終的に決済しなければならない月のことを「限月」といい、「一〇月限(がつぎり)」といように呼称する。売買契約が成立した取引で未決済のものを「建玉」という。)。

3  (反対証拠―被告の供述―の検討)

(一) 被告は、一二月一三日の一〇月限二〇枚の新規建玉につき、被告が原告に委託したのは「買付け」ではなく「売付け」である旨を主張し、被告本人尋問の結果及び「経緯」と題する被告作成の書面でその成立に争いがない乙第六号証中に被告の右主張に副う供述部分及び供述記載(以下、これらを単に「被告の供述」ということがある。)が存在する。

(二) ところで、証人Dの証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証、証人Dの証言、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和四二年三月甲南大学を卒業し、家業の手伝いをしたり包装関係の会社に勤めたりした後、昭和四五年a株式会社に入社し、前記1、2の取引のあった昭和五九年当時は同社神戸支店の営業第一課の課長をしており、昭和六一年一月から同社松山営業所の営業所長をしていること、被告は、前記1、2の取引以前に投資・投機の経験がなく、利殖について多少の関心は持っていたが、金の取引をする考えは全くなかったところ、昭和五九年八、九月ごろから原告会社の従業員Bの熱心な勧めがあって興味を持ち、同年一〇月三日初めて八月限二〇枚の金の先物を買付けたこと、この買付けの前、原告会社の従業員Cは、被告に対し、二〇枚の建玉につき委託本証拠金(本証)二七〇万円の預託が必要であり、仮損が本証の半額である一三五万円を超えたときは仮損と同額の委託追証拠金(追証)を預託しなければならず、追証の預託がないときは建玉が自動的に処分される仕組みになっており、この追証制度が取引の継続に対する警鐘の役割を果たし、追証を必要とする時点で被告は取引を続けるかどうかを判断できるから、被告はとりあえず本証の半額の損を覚悟すればよく、取引を続けた場合でも損失を手持ち資金の範囲内に押さえられる旨を説明したこと、被告は、先物取引は危険ではないかとの質問をしていたが、右の説明で大きな損失は回避できるようになっていると考えたこと、被告は、金の値動きに関する資料、情報こそ持ち合わせていなかったものの、先物取引の一般的な仕組みについて説明を受け、その内容をほぼ正確に理解できたこと、被告は、当時、四〇〇万円ぐらいの自由にできる資金を有していたこと、Cが相場は上がり調子であり買付けをすればすぐに二〇万円ぐらいの利益を取得できる見通しで、相場のプロである自分達が指導するので損失の発生については心配いらない旨を述べたのに対し、被告は儲かるばかりではないだろうと考えたが、仮に損失を被るとしても前記説明の程度であれば、実際に取引をしてみて様子を見てもよいと判断して、前記買付けを決意したこと、昭和五九年一〇月一三日、あと六円下がると追証が必要となる値動きがあったときにCが両建を勧めたのに対し、被告は、その勧めを断って、成り行きによっては追証を支払うこともやむを得ないとの自主的な判断をしたことを認定することができる。

右認定事実によれば、被告は、高い理解力と判断力を有し、納得しないと行動しない慎重さを備えており、勧誘の結果ではあるが自ら興味を持ち、資金にある程度の余裕を残して、取引を開始しているのであって、本件は、同種先物取引の紛争に関する多くの事例において見られるような、委託者が先物取引の理解に意欲及び能力を欠く場合と、相当に趣を異にするものである。被告のこのような能力の高さは、被告の供述の信用力を検討するに当たって、判断の基礎に置くべき事情であると思料されるので、ここに指摘しておく次第である。

(三) 前記1の当事者間に争いのない事実、証人Dの証言、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、八月限を売・買二〇枚ずつ両建にし仮損を固定して、相場の値動きの様子を見ていたこと(両建とは、同一商品、同一限月について、売と買の建玉を同時に保有することをいう。両建にすると、相場の変動により建玉のいずれかに利益が生じても、他方に同額の損失が出るため、売と買との間の差額は変化しないことになる。)、昭和五九年一二月一三日、原告会社の従業員Dから、被告に対し、相場は下げ止まって底値となり値上がりが見込めるとの連絡があったこと、被告は、Dの相場観を受け入れ、同日、原告に対し、八月限売建玉二〇枚の手仕舞いを委託したこと、それと同時に、被告は、原告に対し、一〇月限二〇枚の新規建玉を委託したこと、売建玉の利益が確定するうえ、残った八月限買建玉二〇枚の仮損につき値上がりによる回復を期待できることが、右手仕舞いの動機であったことを認定することができる。

このように値上がりの相場観を基に売建玉の手仕舞いを委託したのに、同時に注文した同数の新規建玉が同じ「売」であったとする被告の供述に、納得の行く合理的な理由を見つけ出すことは容易ではない。

(四) まず、被告は、値ざやの変動による利益の取得が狙えるので一〇月限二〇枚を新規に売付けた旨供述する。すなわち、下げ止まりとのDの相場観を受け入れ八月限売建玉二〇枚を手仕舞いして両建をはずすことにしたが、本当に下がる心配はないかと重ねて聞くと、Dから、不安であれば安全策をとり、新しく出た一〇月限二〇枚を売付けて、両建のような格好で様子を見ながら、八月限と一〇月限の差額ぐらいを少しずつ戻す方法を取ってはどうかと勧められ、この勧めに従って一〇月限二〇枚の売付けを原告に委託したというのである。

前記甲第一二号証の一ないし三、乙第六号証、成立に争いのない甲第七号証の一、二、乙第五号証、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、同一商品でも限月別に値ざや(値段の開き)があること、限月別の値段の動きに大きな差が出たり、値段が逆の方向に動く場合があり、このような限月間の値ざやの変動を利用して利益を得ようとする商品取引の方法があること、昭和五九年一一月及び一二月における値動きは、一〇月限が八月限より二〇円台ないし三〇円台の高値(値ざや)を保ちながらほぼ連動して変化していたこと(一〇月限は同年一一月一日から始まる。このように期先限月が期近限月より高い場合を順ざやといい、これが逆転している場合を逆ざやという。)、二か月違いの限月間では、値段は右のように連動するのがふつうであり、値段が目に見えて異なった動きをするのは偶のことであること、被告は値ざやに急激な変化の起きる徴候を感じ取って前記一〇月限新規建玉二〇枚を注文したのではないこと、値ざやが目立って大きくなると、すかさずさや取りのための売買が行われる(順ざやを例に取ると、安い期近限月が買われ同時に高い期先限月が売られる。)ので、ほどなく平常のさやに復する傾向があり、さや取りでは通常相場の変動によって得られるほど大きな利益の取得は期待できないこと、昭和五九年一二月一三日当時、八月限買建玉二〇枚については既に一八八円(合計三七六万円)の仮損が発生しており、三〇円(合計六〇万円)程度の値幅を利用するさや取引では仮にさや取りに成功したとしても手数料を差し引くとわずかの利益しか見込めないため、右仮損を回復する可能性はほとんどなかったこと、被告は、八月限売建玉二〇枚の手仕舞いによって八二万八〇〇〇円の確定した利益を取得したが、一〇月限新規建玉二〇枚の委託に当たっては、右利益分をそのまま委託証拠金として利用するだけでなく、新たに一〇〇万円を原告に預託する約束をしたことを認定することができる。

仮に一〇月限二〇枚の新規建玉が売付けであるとすると、右認定のとおり、値ざやを利用して利益を得る方法では八月限買建玉二〇枚の仮損三七六万円をある程度でも満足できるほどに回復することがかなり難しいから、仮損を固定する両建と同様な効果が生じるだけであって、八月限売建玉を一〇月限に切り替えた意味がないばかりか、八月限売建玉二〇枚の仕切りによって確定した利益を原告に預けたままにしたうえで、更に一〇〇万円を預託しなければならず、加えて手数料も余分に必要になるという割の合わないことになるのである。ところで、前記(二)に認定判示した被告の取引態度を見ると、値ざやがどうなったときにどのような処置を取るのか、どの程度の利益が見込めるのか、値ざやが変化する見通しはどれくらいのものかなど、値ざやを狙う取引の具体的な内容を自分なりに納得しないままに、被告が取引の委託をしたとは信じ難い。そして、被告がその内容を知れば右の割の悪さに容易に気付き、新たに一〇〇万円を預託する約束までして一〇月限の売付けをすることはなかったと思われる。そのうえ、被告の供述には、値ざやを取得する方法やそれによって得られる利益について、値ざやを利用して少しずつ損を取り戻すという以上に具体的に触れるところがない。こうしてみると、被告とD間で値ざやの取得を目的とする取引を実際に委託する話はなされていなかった疑いが強い。

右の次第であって、一〇月限二〇枚を売付けて値ざやを利用しながら少しずつ損を取り戻す方法を取った旨の被告の前記供述は採用することができない。

(五) 次に、被告は、一〇〇万円の預託を約束したが、売付けだからこそ一〇〇万円で済むのであって、買付けだとすると委託本証拠金二七〇万円が必要である旨を述べている。すなわち、一〇月限二〇枚を売付けると、追証として二二万二〇〇〇円の預託が必要であるが、両建と同じように仮損は固定的なものになり、値ざやの変化による損害が発生しても六、七〇万円に留ると思われるので、用心のために一〇〇万円を預託しておけば十分であるが、仮に一〇月限二〇枚が買付けの委託であるとすると、仮損の固定化がないために、規定どおりに委託本証拠金二七〇万円を預託しなければならないというのである。

しかしながら、前記1の当事者間に争いのない事実、甲第二号証の一、二、第三号証、第一〇、第一一号証、証人Dの証言並びに弁論の全趣旨によれば、前記一〇月限新規建玉二〇枚を委託するに当たっては、受託義務指導基準に従って証拠金規定を厳格に適用すると、委託本証拠金二七〇万円又は委託追証拠金二九三万二〇〇〇円の預託が必要であること(仮損が追証基準である委託本証拠金の半額を超えたときは仮損額全部を預託する必要があるとの解釈による。)、ところが、商品取引の実際においては、最低限度追証基準を充たせばよいとする緩やかな運用が行われることがあり、この運用によれば、右一〇月限二〇枚の建玉について最低限度必要な預託額は二三万二〇〇〇円であること(仮損が追証基準を超えたときに、その超えた部分の額を預託すれば追証基準未満の仮損額が残ってもかまわないとする解釈による。)、右の適用ないし運用は、右一〇月限二〇枚の建玉が売付けであるか買付けであるかによって結論を異にしないことを認定することができる(別表(五)参照)。この認定事実によれば、売付けと買付けで預託すべき額が異なるとする被告の前記供述は誤っているといわねばならない。また、前記(四)に認定説示したところによれば、右一〇月限の建玉が売付けだとすると、両建のような状態になり、値ざやの変化による損勘定の発生も差し迫ったものではないと認められるから、追証として預託の必要な二三万二〇〇〇円を超えて損勘定の発生に対処するための金員をあらかじめ預託しておくべき必要性は全くない。

もっとも、被告は、Dの説明を受けて、売付けだからこそ一〇〇万円で済むなど前記供述のとおりに理解した旨を供述している。しかしながら、証人Dの証言並びに弁論の全趣旨によれば、Dの説明が次のようなものであった事実を認定することができる。

(1) 昭和五九年一〇月三日に八月限二〇枚を買付けた後、同年一一月二日に八月限二〇枚を売付けたので、八月限買建玉二〇枚の仮損は、追証基準の二七〇万円に八万円の余裕がある二六二万円に固定した。

(2) 同月六日に九四万円が払い込まれて総数四〇枚の建玉に必要な委託本証拠金五四〇万円の預託が完了した。

(3) 同年一二月一三日に八月限売建玉二〇枚を手仕舞いし両建をはずしたが、利益金は原告が預かったので仮損は二六二万円のままであった。

(4) このように、仮損は追証基準に達していないので、手仕舞いをした売建玉二〇枚分の委託保証金二七〇万円はそのまま他に流用することができるようになった。

(5) したがって、被告は、新たな金員の預託がなくても、二〇枚の新規建玉を委託することが可能であった。

(6) しかしながら、一〇月限二〇枚を新規に買付けると、両建にならないため仮損は固定せず、相場が下がると八月限と一〇月限の双方に損勘定が発生することになる。

(7) 相場が下げ止まりになったとはいえ、なお若干の値下がりはあるかもしれないから、そのときの用心のために一〇〇万円を預託するのが相当である(一〇〇万円は、値下がりがあった場合に委託証拠金として扱い仮損額を追証基準以下に押さえようとするもので、二五円(一〇〇万円÷一〇〇〇グラム÷四〇枚)以内の値下がりに対処できる。)。

Dの説明の要旨は、右のとおりであるが、右の説明では、八月限売建玉二〇枚の手仕舞いにつき委託手数料三一万二〇〇〇円が徴収されることが考慮されておらず、一〇月限二〇枚の新規建玉につき新たな金員の預託が必要でないとした誤りがある。右建玉につき、前記緩やかな運用によっても、二三万二〇〇〇円の追証の預託が必要である(この金額は、右手数料額と追証基準までの余裕の八万円との差額である。)。ところで、証人Dは、三回にわたる尋問期日に原被告双方の代理人から尋問された際、右の誤りに気付かないまま、新たな金員の預託がなくても一〇月限二〇枚の建玉が可能であった理由を分かってもらおうと、右(1)ないし(7)のような内容を繰り返し熱心に証言していたものである。そして、Dが誤りに気付いて前記緩やかな基準による計算メモ(甲第一一号証)を作成したのは、同人の証人尋問が終了(本件第六回口頭弁論期日)した後であり、右メモは本件第八回口頭弁論期日に提出され、原告代理人により被告に対する本人尋問に利用された。両建により仮損が固定されるという点ばかりに気を取られて、両建のうちの売建玉を決済して買建玉を建てようとする際に、決済玉の委託証拠金をそのまま利用できるような錯覚に陥っても、それほど不自然だとは思われない。Dは長く右のように思い込んでいて、本件以外の顧客に対しても同じような説明をし説明どおりの扱いをしていたのではないかと思われる。なにより、建玉すべてを「買」にすると、値下がりによる仮損はこれまでの倍の速度で拡大するから、下げ止まりの見通しではあっても、更に若干の値下がりがあることを考慮して予備の証拠金を準備する必要性は、一〇月限二〇枚の新規建玉が買付けである場合に強く感じられる。D証人の右証言態度及び右の事情によれば、Dが被告に右(1)ないし(7)の説明をした事実を認めるのが相当である。したがって、売付けだからこそ一〇〇万円で済むなどの説明をDから受けた旨の被告の供述は措信し難い。

右の次第であって、売付けだからこそ一〇〇万円で済むのであって買付けだと二七〇万円が必要であることに関する被告の前記供述は採用することができない。

(六) 被告は、昭和五九年一二月一五日の午後にDと電話で話しをしたが、そのときまでに相場は大きく値下がりしていて、一〇月限二〇枚が買建玉であるとすると、四六七万二〇〇〇円(前記厳格な運用による)の又は一九七万二〇〇〇円(前記緩やかな運用による)の追証が必要な事態になっていたのに、Dは追証について何の話もしていなかったものでこの事実は一〇月限二〇枚の建玉が買付けではなかったことの一つの証となる旨を供述している。

これに対し、証人Dは、(1)昭和五九年一二月一五日は、午前九時すぎと昼すぎに被告方に電話をかけ、一回目は被告本人と直接話したが、午後は被告の妻と話しをしただけである、(2) 午前の電話では、同月一三日の一〇月限二〇枚の買付けにつき被告に報告したうえ、管理表(甲第一〇号証)に基づいて、同月一四日の終値は下がっており一二〇万円ぐらいの追証が必要になっているので約束の一〇〇万円に二、三〇万円を上乗せして預けて欲しいと申し出たところ、一〇〇万円しか用意できないと言われたので、値が戻れば支障ないから約束の一〇〇万円だけでも送金して欲しいと促した旨を証言している。

被告の右供述は、これを裏付けるものがなく、証人Dの右証言に照らすと、直ちにこれを採用することができない。

(七) 以上の次第であって、被告の供述中前記2の認定事実(一〇月限二〇枚の建玉は買付けであるとの事実)に反する部分はこれを採用することができない。また、他に右2の認定事実を覆すに足りる証拠はない。

4  (まとめ)

よって、原告は、被告から、別表(一)のとおり、八月限二〇枚の買付け、八月限二〇枚の売付け及び買戻し、並びに一〇月限二〇枚の買付けの委託を受けたものである(このうち一〇月限二〇枚の建玉について、被告は、重大な過失によりこれが売建玉であると思い込み、又はこれが買建玉であることを知りながらあえて、売建玉であると主張しているものである。)。

四  電報による八月限買建玉二〇枚及び一〇月限買建玉二〇枚の決済の予告

請求原因(四)の事実は、当事者間に争いがない。

五  八月限買建玉二〇枚及び一〇月限買建玉二〇枚の処分前記甲第二号証の一、二、証人Dの証言並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因(五)の事実を認定することができる。

六  帳尻損金、委託証拠金の損金への充当

1  請求原因(六)のうち、(3)及び(4)の事実は、当事者間に争いがない。

2  前記甲第二号証の一、二、第三号証、証人Dの証言並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因(六)のうち、(1)及び(2)の事実を認定することができる。

3  右1の預り金と右2の損金を充当計算すると、請求原因(六)(5)のとおり、原告が被告から委託を受けて行った売買取引の帳尻損金は五三八万円となる。

4  請求原因(六)(6)の事実(委託証拠金を損金へ充当する旨の通知)は、当事者間に争いがない。

七  公序良俗違反、信義則違反

後記第二の一の2に認定判示のとおり、Dが被告との間で先物取引委託契約を締結した行為につき不法行為が成立するが、その違法性の程度は、公序良俗違反として右契約を無効としなければならないほど強いものであるとは認め難い。また、信義則違反として右契約上の請求権の行使を阻止しなければならないほどの違法性があるとも認め難い。よって、被告の抗弁は採用しない。

八  結語

よって、原告の本訴請求は理由がある。

第二反訴について

一  反訴の主位的請求

1  原告と被告の取引経過

(一) 請求原因(一)(1)ないし(9)の各(ア)の事実は、当事者間に争いがない。

(二) 証人Dの証言(ただし、後記採用しない部分を除く。)、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因(一)(1)ないし(6)、(8)及び(9)の各(イ)の事実を認定することができ、証人Dの証言中のこの認定に反する部分は採用できない。請求原因(一)(7)(イ)の事実に副う被告本人尋問の結果及び前記乙第六号証中の供述部分及び供述記載は採用できない。前記第一の三に認定判示したとおり、原告は、被告からの委託に基づいて、昭和五九年一二月一三日、一〇月限二〇枚を約定値段二七六三円で新規に買付けたもので、この建玉は被告が主張する売付けではない。

2  原告の不法行為責任

(一) (断定的判断の提供―請求原因(二)(1)、危険性告知義務違反―請求原因(二)(2))

前記第一の三3(二)に説示のとおり、被告は、高い理解力と判断力を有し、納得しないと行動しない慎重さを備えており、自ら興味を持ち、資金にある程度の余裕を残して、取引を開始しているのであって、金の先物取引が投機であり損失を被る危険性が大きいものであることを承知しており、原告会社の従業員が提供する情報についてもこれを鵜呑にしてはいなかったものである。したがって、被告に対しては、原告又はその従業員による断定的判断の提供、危険性告知義務違反の不法行為は成立し得ないものと認める。

(二) (両建を勧めたこと―請求原因(二)(3))

(1) 商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項第一〇項は、商品取引員が、同一商品、同一限月について、売又は買の新規建玉をした後(又は同時)に、対応する売買玉を手仕舞いせずに両建するよう勧めることを禁止する旨を定めている(成立に争いのない甲第九号証)。

(2) 前記1の当事者間に争いのない事実及び認定事実によれば、被告は昭和五九年一〇月三日に八月限二〇枚の買の建玉をしたが、原告会社の従業員Dは同年一一月二日被告に対し両建を勧め、被告は、同日、同人の勧めに従って、八月限二〇枚の売の建玉をしたことが明らかである。

(3) Dが右両建を勧めた行為は、右(1)の両建の禁止に違反する。

(三) (建玉制限違反の委託勧誘―請求原因(二)(4))

(1) 東京工業品取引所業務規定二〇条一項、貴金属市場管理基本要綱、新規委託者保護管理協定は、委託取引開始後三か月以内の新規委託者からの売買取引の受託に当たっては、原則として委託の全商品の建玉合計数が二〇枚を超えないこととし、これを超える建玉の要請があった場合には、売買枚数の管理基準に従って的確に審査し、過大とならないように適正な数量の売買取引を行わせることとすると定めている(前記甲第九号証、成立に争いのない乙第八号証)。

(2) 前記1の当事者間に争いのない事実及び認定事実によれば、被告は昭和五九年一〇月三日に初めて二〇枚の建玉をした新規委託者であるが、Dは、同年一一月二日に二〇枚の売建玉を勧め合計四〇枚の建玉をさせ、同年一二月一三日に右売建玉二〇枚の買戻しによる決済があるのと同時に、今度は二〇枚の買建玉を勧めて合計四〇枚の建玉をさせたことが明らかである。

(3) Dが右の合計四〇枚になる建玉を勧めて委託を受けた行為は、右(1)の建玉制度に違反する。

(四) (証拠金規定違反―請求原因(二)(5))

(1) 受託契約準則六条は、商品取引員が売買取引の受託について委託者から担保として委託本証拠金及び委託追証拠金を徴収しなければならないことを規定し、同準則七条三項は、委託追証拠金の額につき、委託を受けた売買取引がその後の相場の変動により損計算となり、かつ、その損計算額が当該売買取引による委託本証拠金の半額相当額を超えることとなった場合における当該損計算額の範囲内とすることを規定している(成立に争いのない甲第七号証の一)。なお、東京工業品取引所の受託業務指導基準において、委託追証拠金の具体的な請求額は、右損計算額が委託本証拠金の五〇パーセントを超えたとき、その当該計算額と定めている(調査嘱託の結果)。

(2) 前記1の当事者に争いのない事実及び認定事実によれば、Dは、昭和五九年一一月二〇日の二〇枚の売建玉に当たって、委託証拠金規定を厳格に適用すると二七〇万円の委託本証拠金を被告から徴収すべきであったのに、九四万円を徴収しただけであったこと、また、同年一二月一三日二〇枚の買建玉に当たって、右厳格な適用によれば二七〇万円の委託本証拠金又は二九三万二〇〇〇円の委託追証拠金のいずれかを徴収すべきであったのに、一〇〇万円の預託を求めただけであったことが明らかである。

(3) Dの右委託証拠金の扱いは、受託契約準則の厳格な適用を定める受託業務指導基準の要求に違反する。

(五) (異議申立てに対する回答義務違反―請求原因(二)(6))

前記第一の三4に説示のとおり、被告は、重大な過失により又は故意に、一〇月限二〇枚の建玉が買付けであるのに売り付けであると主張しているのであって、被告に対しては、原告又はその従業員による異議申立てに対する回答義務違反の不法行為は成立し得ないものと認める。

(六) (不法行為の成立)

商品の先物取引は、投機性が高く、少額の資金で莫大な利益を狙うことができる反面、損失を被る危険性も大きいものである。そこで、商品取引について知識、経験の乏しい顧客が不測の損失を被ることがないように、商品取引所法及び商品取引所の内部規則等は、種々の規制を設けている。まず、新しく取引を始める者は犠牲になりやすく、その保護はとりわけ重要である。知識として先物取引の仕組みを一通り理解したというだけでは十分ではなく、経験を通じて商品についての知識を高め、相場の実際を知るのでなければ、自主的判断で投機を行う適格性があるとは言い難い。全国商品取引員協会連合会は、初心者の保護のために、新規取引不適格者参入防止協定、新規委託者保護管理協定、新規委託者管理改善措置特別基準を定め、実施している。前記(三)(1)の新規委託者の建玉制限の定めは、右のような趣旨から、十分に尊重されなければならない。次に、両建にすると、相場の変動により建玉のいずれかに利益が生じても、他方に同額の損失が出るため、売と買との間の差額が変化しなくなるので、相場の様子を見ると称して両建が行われることがあるが、反対建玉分だけ取引量が増えるうえ、売と買の双方にとって良い条件のときに両建をはずそうとするので、単純に上がり下がりを予想していれば済んだ両建前よりも、両建後の方が格段に対処の仕方が難しく、両建は初心者の手に余ることの多い取引方法であって、両建禁止の条項は確実に守られなければならない。更に、委託証拠金は、委託者が負担能力を越える予想外の損害を防ぐための損害拡大防止機能を持っているものであるが、とくに初心者にとっては、訳の分からないままに取引が拡大することを阻止し、成算のない取引を打ち切る決断を促す重要な役割を担っているもので、新規委託者に対する証拠金規定の適用は、受託業務指導基準の定める厳格な方法によるべきである。

そこで、本件についてみるに、先に認定判示してきたところによると、被告は、能力が高く先物取引の仕組みをかなりよく理解していたものであるが、実際に先物取引をした経験はなく、初心者として保護されるべき委託者であった。したがって、被告の相手をしたDは、被告から先物取引を受託するに当たって、建玉制限(前記(三)(1))、両建禁止(前記(二)(1))及び証拠金(前記(四)(1))に関する規則、指示事項などを厳格に守り、新規委託者を保護すべき業務上の注意義務を負っていたものである。ところが、Dは、昭和五九年一一月二日に八月限二〇枚の売付けを受託し、同年一二月一三日に一〇月限二〇枚の買付けを受託するに当たって、右注意義務を怠り、制限を超える四〇枚の建玉を許し(前記(三)(2))、自ら勧めて両建をさせ(前記(二)(2))、証拠金規定を緩やかな解釈で運用した(前記(四)(2))ものである。このような規則ないしは指示事項などの違反が常に違法性を帯びるものではないが、本件の被告が特別な保護を必要とする新規委託者であることを考慮すると、右違反等は商品先物取引をする上で社会的に許された限度を越えているというべきで違法性を帯びるに至ったと認められる。したがって、昭和五九年一一月二日の八月限二〇枚の売付け、同年一二月一三日の同売建玉の買戻し、同日の一〇月限二〇枚の買付けを被告から受託したDの一連の行為は、不法行為を構成する。

そして、Dの右一連の行為が原告会社の業務の執行としてなされたことは先の認定説示により明らかであるから、原告は、民法七一五条に基づき、使用者として、右不法行為によって被告が被った損害を賠償すべき義務を負う。

8 損害

(一) 前記甲第二号証の一、二、第三号証、証人Dの証言、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因(三)の事実を認定することができる。すなわち損害額は合計一〇七八万円である。

(二) 被告は、先物取引の仕組みにつきかなりの知識を有していたのに、Dの勧めがあったとはいえ、安易に取引量を増やし、一〇月限二〇枚の買付けにつき売付けである旨主張して混乱を招くなど、損害の発生及び拡大の原因を与えているので、本件の損害賠償額の算定に当たっては、右(一)の損害に四割の過失相殺をするのが相当である。

(三) したがって、原告が損害賠償すべき損害額は、六四六万八〇〇〇円である。

4  結語

よって、被告の反訴のうちの主位的請求は理由がある。

二  反訴の予備的請求

主位的請求が全部認容となるので判断を省く。

第三結論

よって、原告の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田守勝)

〈以下省略〉

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